-素晴らしき日々。-



副長の部屋に足音が近付いたので、急いで上半身の服を着た。来たのは沖田隊長だった。


床に響く音はずかずかと早く、山崎は慌ててジャケットだけを羽織ったので、上半身がすかすかする。
シャツは小さく丸めて壁と箪笥の合間に押し込み、沖田が入ってくるのと入れ替えに、用の済んだフリをして急いで(けど態度には出さないよう細心の注意を払って)部屋を出た。
沖田はチラリと視線を寄越したが、目を合わせたら気まずいのが顔に出て読み取られてしまいそうで、気付かないフリをして(わざとらしくならないよう細心の注意を払って)目を伏せて部屋を出た。
なので沖田がどのような目で自分を見ていたのかはわからない。

気にならないわけじゃない。
沖田が土方の事を気にしているのは知っている。
山崎はよく知っている。
土方が沖田を可愛がっている事も。
日頃から綱渡りみたいなちょっかいの数々で神経をすり減らされていようが、土方が沖田の事を本気で疎ましく思う事は無い。
総悟の奴困ったもんだと口に出しながらも、すごく可愛がっているのだ。
酷く可愛がっているのだ。




「―っ…」

考えてる内に歩幅は広がり左右の足を忙しなく繰り出していて、体が前傾になっていた。
隊服のかっちりとした素材に直に乳首が擦れて摩擦の熱が走った。

「ってぇ…なんだよこれ…」

山崎は隊服の襟元を掴み上げ、出来た空間から左胸を覗き込む。
日の下だが限られた隙間の奥は、自分の顔で影になってよく見えない。いつもと変わらないようにしか見えない。
立ち止まって自分の服の中を覗き込んでいる姿もすでに十分に怪しいが、まさかここで脱ぐわけにもいかない。
屯所の門を潜り20メートルほど。誰もいないか辺りを、とくに後方を注意深く窺ってから、仕方なく裾から手をつっこんで自分の乳首を弄ってみた。

「いっ―!」

触った乳首はじんじん熱い。それに心なしか湿ってじゅくじゅくしているようにも感じる。
右も触ってみたが、そんな事は無かった。平温で、少し皮膚の部分とは違うが、別段嫌な手触りも無い。
もう一度、左に戻ってそっと摘んでみた。ず、き、と痛みが走るが、その折衝は頭の芯を揺らした。
指の力を抜こうとすると、僅かな動きにもじわーと別の痛みが広がるので、摘んだ時よりも更にゆっくりと及び腰で乳首を離す。すぅーと裾から腕を抜き、掌を翳してみる。
親指と人差し指の腹が付着した透明の液体で少し濡れて、頭上の太陽光を反射して光っている。両の指を重ねてみると若干引き留め合う。
立ち尽くしてしばらくじっと掌を見つめたが、乾いてしまわないうちに舌で指先を舐めてみた。
香る程度に微かに、血のような味がする。


「…やりすぎだろ。あのおっさん。」


それは小さかったが不意にも声になって出ていた。が、山崎は気付かず気に留めず、口の中で消えていくもともと薄かった血の味を咀嚼しながら、さっきここに顔を埋め吸い付いていた土方のつむじと、そのつむじの下が立てるちゅくちゅくという音を思い出して赤くなった。
もっと顔から火を吹くような事をもう何度もしているくせに。