-冷たい太陽-



日没は俺の終わりがいい。
日ではなく俺が沈む。あんたに送られて。
失えなさに脅えるよりも、失う恐怖に俺は脅える。
その火が消えるのを見るくらいなら。その劫火の隆盛の下に俺自身の魂を投下する。
あんたの輝きの為に。俺の末期の一瞬が終わるまで。あんたの内側に。
巻きあがる炎の一部となって。俺の最も赫う時を。



「御就床のところ邪魔してすまねぇが引き上げるぜ。」

耳の奥に浮世の振動が触れる。
尊大さを含んだ聞き覚えのある声。慇懃な皮肉の吐き捨てに何故か安堵を覚える。
瓦礫の更に爆ぜる最中でさえ、まともな機能を果たしていなかった耳に。響く、静かな。

燃やしては、くれなかったか。
込み上げる自嘲も頬の肉すら動かさない。

「なんだ?起き上がれねーのか?」

屈んでくれたのか?声が近くなる。
でもこの様を見て欲しい。例え俺が開き目だったとしても、とうに自分の状態を目で理解出来なくなっているだろう。
…まったくこの人らしい。

「おい万斉。肩貸してやれ。」

冗談じゃない。やめてくれ。
俺の深層心理からの拒絶を読み取ってか、紅桜がおそらく万斉の居る方角に管を伸ばす。

「なんだ元気じゃねーか。そんなに人の情け受けるのが嫌ならてめぇで立て。」

その奥にあるのが苛立ちなのか憫笑なのか、声に現れている表情が少なすぎて読めない。
…いや、痛いんだよ。紅桜が動くのと残り少ない体力削減はイコールなんだよ。
そういうわけじゃあないんだよ。

あんたの肩ならこいつもおとなしくしてるだろう。それどころか歩く助けをしてくれるかもしれない。
今生一等の歓喜に血迷って俺を攻撃するかもしれない。
いらない血が甲板に迸るのはどうでもいい事だが、この人に迷惑を掛けちゃあいけない。
気を揉ませないうちに自分でなんとかしようと思う。
だが失った腕の方の肩を浮かそうとするが思うようにいかない。

「なんだ結局自力じゃ立てねーのかよ。情けねぇ。」

そう、自分でも思うんでだけどね。
どうも体が言う事聞かなくてね。
平衡感覚もどこも戻らない。
紅桜がこういった微細まで察知してくれる奴なら良かったんだけどね。

「似蔵殿、無理はせん方が良いでござるよ。」

だまれ。

紅桜が蠢いて威嚇を始める。
手でも差し伸べたか?万斉。
紅桜よ、お前がそうするのは宿主の俺のせいなんだろうが、その辺で収めておいてくれ。
そうしたいのはやまやまなんだが、これ以上は…、くたばっちまうよ。

「しゃあねぇな。」

あったかい指が頭頂の髪を鷲掴み、地から地上へと引き上げる。
紅桜も俺の精神状態の不安定さを反映して、間合いを侵す者は誰彼構わず反応している。俺の命もお構いなしに。
過剰なバリアの中を潜り抜けてきたこの手は…見えなくてもわかる…。
いや、それより。みっともない事に乱れ放題じゃなかったかい?俺の髪。

「てめぇを回収しとかないと後々面倒なんだよ。おら立て。」

回収しに?戻ってきてくれたのか?
あんたが。わざわざ。
足は震えるが、どういう事だろう。無明の世界に渡りかけて冷え切っていた四肢に平温が戻りつつあるのがわかった。
彼の掌を惜しんで命の片鱗が終焉を諦め戻ってきたようだ。

「すまねぇ」

無様によれながらも立ち上がると、小ささに見合わず剛力な手の主は、俺を持ち替えた。

「泣き言はいいからその化けモン寝かしつけとけよ?」

さすがに面倒だ。そう微妙に言葉に含んで。
心配無い。あんたの事は絶対襲わんよ。


吐く息の白さを溶かす夜明けの中に見た、朝日よりも明るい光が、今俺の鼻の先で俺を掴んで俺と繋がって歩いている。
千切れちまった腕のさきっぽを掴んで、俺の腋を肩で押し上げ、普段より緩いペースで歩を進めている。
回復さえすりゃあ、まだまだこの人の助けになれる事があるかもしれない。
助けとまでいかなくとも…何か、この人の…

「とっとと歩けよ。」


日が、また、昇った。





注釈をいちいち入れたいくらい押し付けな似蔵像です(笑)
似蔵大好き。命からがらでも生きてますように。