おかしかった、と言えばそれは前からだ。
奴の考えている事が読めねーのなんて昔からで、でも見てるといつもだんだん形を成してくるので、今回だってそうだろうって思ってた。


いーや。思いたかっただけかもしれん。


あの時、高杉には何が見えてたのか、結局その口から聞く事は叶わなかったが、あれは、そうだったんだと思う。
誰のもんだか俺にはわかんねぇ。何人の首がそこに投げ出されてたのかもわかんねぇ。
累々と腐敗を重ねゆく死肉を積み、停まった脳の外殻となった首を。どんなつもりで構築していったのかも。
弔いからも見放された、これほどまでに増大した怨嗟を、今まで何処に受け入れどんな精神力で護持してきたんだ。


掴まれてる腕にも構わず、噎せながらも笑い続ける高杉を。やがて声は消えたが、息と肩でまだ尚笑い続ける高杉を。
気力を使い果たし放心して静かになるまで、ただ馬鹿みたいに見てた。自分の面から表情が失せてるのはよくわかった。


あの日から、江戸は梅雨入りし雨は隙を空ける事なく降りしきり窓を打ちつける。
絵を創る事にはぱたりと執着を見せなくなったので、壁に張り付いた物は全部剥がした。
けどどれだけ拭いても微かに残った匂いはとれず、雨に閉ざされた部屋の中で立ち上る饐えは何倍にも増し鼻を刺した。
すっかり馴染みになっちまった施工業者は壁の材質や寸法も詳しく覚えていた。もう何度目か。でもこれから先しばらく、もう世話になる事は無いだろう。


高杉は高不快指数にもやられ心身を崩す。


完成させちゃあいけないもの。
それが出来さえすれば飄々とした顔で笑うのだろうと、それを期待しながら手掛ける姿を指を咥えて俺は見ていたんだ。





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