夜飲みに出る回数がめっきり減ってほぼ週0になって、仕事に飢え餓えなくても良くなったってぐらいで、俺の日常は新八らに出会う前とそう変わんねーように思う。
今みてーに意図的にそうしなくても食いっぱぐれ決定で無作為に時間を食いつぶしてた時期なんてざらにあったし、住んでる場所自体が元々何かと騒がしい場所。奴が突然無表情に壁を破壊しだしても、既知の範疇だ。止めに入ってテレビ投げられた時はびびったが。


今はもののけも寝てるし静かだ。
そう。せっかく機嫌良く寝てんのに、静かにしててもらわなきゃ困る。
今西郷とババァの喧嘩とか始まったらマジで困る。


ここ2〜3日は黙々と、切ったり貼ったりなんかよくわかんねー作業に明け暮れてるだけで大人しい。


昔っから気分の良い時は声の調子も上がって饒舌になるが、普段は全くもって愛想の良い奴じゃねぇ。
が、高杉を万事屋に預かってからこっち、正直俺自身も、奴への余所余所しさは隠しきれてねーとこがある。
俺にもちょっとした針のむしろだけど、こいつにとってもテンションの上がる理由なんざ何処にもねぇ、陰気な空間である事には変わりねーだろう。


高杉にとっちゃあ多分一度消えた時点で俺って存在は死人としてカウントされ、消去または閉鎖されたんじゃないかと思う。


先に目ぇ逸らしちまったのは俺だしな。
あいちまった時間を埋める術なんてやっぱねぇのかな。


それも仕方ねーと思いながらも、「様子はどうだ?」と、時折出先に現れちゃあ俺達の生活の塩梅を気に掛け声を掛けてくるヅラに、適当な近況報告と愚痴を装いながら、その実わかんねーように泣き言をこぼしてる。なんだか情けねぇよな、俺。
ふん。なんだかんだ言っても俺もまだ20代。まぁ生きてきたっつっても30年にも満たないわけよ。


…よく考えてみりゃその多めに見積もっても30年。物心ついて以降の人生の半分以上はコイツと共にしてたくせに、さらにその何割かは夜這いに近い感じで夜を共にしてきたっつーのに、祭りん時の再会時さえ及び腰で臨んじまった。
何もかも一纏めにしてそっから脱兎の如く離れちまった俺に、お前のイカレっぷりは痛かった。
俺が混迷を噛み熟すのに費やした時間、お前どうしてたんだ、って。
さっさと消えたくせに何都合のいい事言ってんの?って思われちまうかもしんねーけど。


何をうだうだぐちゃぐちゃと湿気った繰言吐いてんだ俺は。
考える時間が増えていけねーな。


一人では無い孤独ってもんがこんなに重いなんてな。
奴の存在くらい重い。だったら。その重みなら、快感じゃねーのか?
頭は良いけど馬鹿でうすら可愛い高杉の重みだぞ。どっちかって言ったら反重力。浮上しちまってもおかしくねーだろ、これ。


あいちまった時間を埋める術?んな都合良いもんそうそう落ちてねーよ。


あのゴタゴタの後、またも目を逸らしちまいそうになってたが、今は逸らすにもその方向が見当たらないこの場所から、不思議と脱しちまおうって気は起こんねぇ。逸居とはいかないようだが、俺にとって何の安楽もねーってわけじゃねぇみてぇだ。



ガサガサと和室の方で音がする。起き出してきたようだ。
今日は特に用事も無い。ちょっと本格的なディナーの用意でもすっか。
昨夜、もしかしたら寝言かもしれねーけど、いや、起きてたと思うけど、肉くれって言ってたしな。
そういや冷蔵庫何も無かったな。買い出しが先か。
奮発して国産のたっけーのを買ってこようか。

いや、一応晋ちゃんにも聞いておこう。俺はラムが食いたかったんだとか後でわけわかんねーキレ方されたら堪ったもんじゃねーし。

「高杉ー、何食いてぇー?」
「…。」

そうか。昨日のアレはやっぱ寝言だったのか。

ソファーから体起こして財布とって、頭上げたら開いた和室への戸の向こう、三角形の斜辺みたいになって壁にもたれかかる高杉が見えた。
片腕上げて首を前に垂れ、頬から後ろの方にずれた指で後頭部抱えて…あーあ、コクリコクリと舟漕ぐたびに腕と頭の関係が窮屈そうになっていくよ。
一旦起きようと思ってやっぱ眠かったんだな、あれ。
睡魔に抵抗して肘ついたはいいが、起き抜けきれずについた先が床じゃなくて壁だったって気付かないまま、また眠りに落ちちまったんだろう。
俺もよくやる。

やっぱ牛にしよ。



本腰入れて腕でも揮うかとはりきって、ちょっと長くなっちまった買い物を終え、原チャリを階段手前で止めると、勢いよくキャサリンが飛び出してきた。

「テンメェー、あのキチしゃいgぢshふぃえbうぃfほうぇhふぉーーー!!」

あーあーあーあーあーあーあーあーあーあー。
うっせーうっせーわかってるよ。もう何度も何度も聞き飽きましたー。
あーまた暴れたのね。んでなんだ?何?あ?住民が不審がって通報して婆さんとこに警察が詰め寄りにきた?
マジでか。
そりゃ大変だな。
(あー…ほんっと…ワリィ…。)
んで婆さんは?

…何?!ついさっき上に上がった?!
あっ…んのバっバァ…危ねーから暴れてる時は絶対上来んなっつったのに…!

くっそ…階段テメいちいち折れ曲がりやがって。足空回んだろうがよ!


  踊り場を蹴り上げた瞬間―――


…?ババァ?

「なんだい?銀時。鬼みたいな顔して。」

たいして動いてもいないのに、動悸と肩が合わなくなってた。
鬼みたいな顔…。

「何慌ててんだい?鍵持ってんのお前だけだろ。」

あ、あぁ、そっか。外からしか開け閉め出来ねぇ鍵もつけたんだったわ。テメェで思いついた事じゃないせいか、すっかり呆けて忘れちまってた。
それでも危ねーだろ。いや、ババァにゃ咎められる謂れはねーんだが…。

「あーババァ…――」

言いかけた口を婆さんの掌が止める。

「寝静まったら、降りといで。(手上げたりするんじゃないよ。)」

そう小さく左肩越しに耳打ちして、婆さんは階段を降りてった。
鬼みたいな顔。どんな顔だよ。





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